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桶川市加納の医光寺の境内に樹齢5百年のイチョウの木があります。その大木から伸びる見事な桜の枝、そして今年も鮮やかなピンクの花を満開に咲かせてくれました。
最近、この「大イチョウの宿木 桜」が観光地化される活動が始まりました。先日フジテレビでも放映され、写真撮影の方も少しづつ増えてきました。
このイチョウの木は、5百年もの間、人々の生活を見守り続けて来ました。そして、その大木に宿るフシギな桜の枝、そのお話が本になります。
大イチョウの宿木 桜
東林山医光寺は、住職が不在ですが、檀家の人々が寺を守っています。
当時、医光寺の役員を各小字(こあざ) 《原、大加納、宮ノ脇、新田、笹原、通加納》の代表七人が勤めておりました。
昭和四十年春の彼岸に、最後の役員会で草むしりの後、お茶を飲んで帰ろうとしておりました。出席者は、荒井忠男、本木みや子、小高章雄、岩崎伊勢吉、廿楽光重、岩崎英一の各氏。
「この会も、いよいよ最後なので、何か記念に残る事をしようよ。」
と誰かが言いだしました。
総代の荒井さんが、
「寺の境内の、イチョウの大木の洞(ほら)に、桜の木を植えようや」

他の人々も、
「やってみようか」
「そうしよう」
「でも根付くかしら?」
「洞(ほら)に土を入れなければ、根付かないだろうね。」
と話しながら、桜を植える事になりました。
会合の後、男性六人と女性一人で、植え付けが始まりました。分業で仕事をしました。ある人は、墓の向こうに穴を掘り、土を一輪車で運ぶ人、木にハシゴを掛けて登り、洞に土をマケル人、土のはいったバケツを紐でひっぱり上げる人、皆息を弾ませて、働きました。本木みや子さんも、男性にまじって重い土を、引き上げ続けたそうです。
「よいしょ よいしょ よいしょ よいしょ」
木の洞に土を入れても、入れても、ドサッ ドサッ ドサッ ドサッ と下に落ちて行きました。数えきれないほど、何杯入れても上までたまらないのです。情けなくなりました。
薄暗くなるころ、やっと土が見え、植え付けの準備が整いました。桜は、お寺の道路端に五〜六本、植えた残りの一本を利用したのです。桜は親指の太さで、背丈に近い苗でした。植え付けた根のあたりの土を、ポンポンと叩きながら、皆心の中で「きっと根付けよ」と祈りました。へとへとの体を反らして見れば、夕焼けの空のころでした。
みや子さんは、お茶を入れたり、持参の漬物やふかし芋を出したりして、皆さんから喜ばれたそうです。
年月は流れて行きましたが、イチョウの木の近くを通る時は、
「桜よ、きっと根付いて、立派な花を咲かせてね。」
と、祈るような気持ちで見守ってきたそうです。他の役員も同じ気持ちだった事でしょう。
六人の男性は、他界されてしまいましたが、生存されていれば百歳以上です。 若かった本木みや子さんは、お元気で六月には米寿を迎えられます。
当時の総代の御子息 荒井静男氏からもお話を伺いました。
「桜は二十年ぐらい前から、ぽつぽつと咲き始め、年々花数を増やしました。」
『有名になれば、桜が喜ぶ たくさんの人に見て欲しいです。』
桜の気持ちでしょうか。

総代の岩崎光保さんや、役員七人の子孫の方々にもご協力を頂きありがとうございました。 (取材者)
平成20年3月吉日
医光寺 檀家
東林山 医光寺
住所 桶川市加納1041
現在住職が不在。鴻巣市、常勝寺の末寺
※医光寺の大イチョウ
樹齢 五百年 幹まわり六メートル五十センチ
樹高 数年前に、伐る時は十五メートル
サクラの枝まで、三メートル五十センチ
皆様も、ぜひ、足を運んでみてください。
本の内容は、植林した役員会でただひとりご健在の女性の方の生涯を通して、桶川の歴史や加納の歴史、当時の暮らしぶり、言葉など、桶川市の子供に伝えるべきものが盛り込まれていて、70〜80ページのものです。挿絵も当時の役員の容姿から、着ている物、生活道具など、忠実に描かれる予定です。来年完成予定で、対象は小学2年生から6年生位です。完成後は、桶川の図書館、加納小学校に置かれる予定です。それから、値段がまだ分かりませんが、希望者にも販売されます。
皆様も、ぜひ、足を運んでみてください。川越=菖蒲線(12号線)の『桶川高校入り口』そばにあります。
※ 地図の中の緑のマークの右下の、交差点をダブルクリックしてください。もう一度、交差点(桶川高校入り口)をダブルクリックしてください
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